ESPRとは
DPPを理解する上で、まずはESPRを知っておかなければなりません。
ESPRとは「Ecodesign for Sustainable Products Regulation」の略称で、日本語訳すと「持続可能な製品のためのエコデザイン規則」となります。
耐久性、信頼性、修理可能性、資源効率性、環境影響(カーボンおよび環境フットプリント)など、持続可能な製品の性能要件を設定することを目的に2022年3月30に発表されました。
これまでは2009年に施行された「エネルギー関連製品のエコデザイン指令(ErP指令)」がありましたが、具体的な実行政策として大幅に刷新したのがESPRとなります。
重要となる刷新のポイントは大きく3つです。
・指令から規則への変更
・対象範囲の拡大
・DPP制度の導入
指令が規則になったことで、言うまでもなくその拘束力が強くなり、EU全土に及ぼす影響が大きくなりました。
また本コラムの主題であるDPP制度の導入も大きな刷新点の1つです。
DPPとは
DPPとは「Digital Product Passport:デジタルプロダクトパスポート」の略で、製品の持続可能性を証明する情報として、製造元、使用材料、リサイクル性、解体方法などの情報が含まれた「モノの身分証明書」です。
DPPの必要項目としては、以下の項目が設定されています。
・製品の耐久性、再利用可能性、アップグレード可能性、修理可能性
・懸念物質の存在
・エネルギー効率と資源効率
・リサイクル率
・再製造とリサイクル
・カーボンフットプリントと環境フットプリント
・その他情報
デジタル技術により、市場に投入された製品の持続可能性を証明するため、原材料調達からリサイクル性に至るまで、その製品の安全性・循環性に関わる情報へ、ライフサイクル全体からいつでもアクセスできるようにするという目的を持っています。
このような製品に関する情報がDPPを通じて記録されていき、提供されるようになることで、トレーサビリティを確保して適切な形でサーキュラーエコノミーを実現させることが可能となります。
先行する電池のパスポート
あらゆる業界・製品を対象にする構想のDPPですが、先行して2022年に採択された「欧州電池規則」に即した車載リチウムイオン電池を対象に制度開発が進められています。
具体的には、電池産業における原料の調達から電池の組み立て、利用、リサイクルに至るステークホルダーの間で情報交換、相互認証が行なわれ、電気自動車のリチウムイオン電池が初期の段階で対象となり、管理されます。
電池の使用履歴はユーザーにとって有益な情報となり、効率的な資源消費、CO2排出量および製品の調達コストの削減に貢献することができます。
しかし、アクセス可能なデータの中には、開示を避けたいノウハウや知的財産が含まれる可能性もあり、その取扱いや運用は非常にセンシティブなものであるというジレンマも同時に発生しています。
この様な課題を持ちながらも、欧州電池規則ではDPPが有効な案として採択されていることもあり、今後DDPを適用する品目の候補として、蓄電池、電子機器、ICT、繊維製品、家具などの完成品、および鉄鋼、セメント、化学薬品などの中間製品も考えられています。
変化に対応し、選ばれる企業へ
一方で、DPPが普及し、持続可能な循環型経済に有効な施策となっていくためには、製品の情報明示を義務付けるだけでは不十分だと考えられています。
DPPの実施と運用には、公的機関と民間企業の両方に経済的な負担がかかるため、社会全体の環境意識が高まりつつはあっても、サプライチェーン全体で足並みを揃えるには時間がかかるとされています。
また「グリーンウォッシュ問題」も取り沙汰されており、不正や改ざんを行なう事業者が出現するリスクや、開示される登録データや使用履歴などの情報へのアクセスに対するセキュリティも重要な課題となります。
欧州委員会は27年にDPPの完全導入を目指しているとされてますが、前述の通り、ノウハウの流出やセキュリティ、不正防止等の多くの課題を抱えていることも事実であり、罰則も含めたルールの整備は今後も検討が続くのではないかと予想されます。
始まったばかりのこの考え方ではありますが、このDPPは二つの野心性を持っている様に見受けられます。一つはサーキュラーエコノミーの加速と完全性の追及、そしてもう一つが、この仕組みに対応できない域外の製品の欧州市場からの排除です。
多くの課題と野心性を持ち合わせ持つDPP。しかし、新たに形成されて行く価値観に対応することで新たな市場で活躍できるチャンスとも捉えることができます。対応できない企業は恐らく淘汰されていくことでしょう。
そうです。我々はこのルールの変化を的確に捉え、柔軟に対応し、公平且つ公正なる情報開示を行なうことで、サステナブルな社会の構築に貢献し、選ばれる企業になっていくべきなのです。