公開日:2024/02/02

最終更新日:2024/01/26

『日本に於けるカーボンクレジット取引の将来について』【後編】

【後編】となる今回は、なぜ世界のカーボンクレジット市場が停滞しているのかを「市場の現状と今後の見通し」の観点で説明し、そして、なぜ日本のカーボンクレジット取引は活性化しないのかについて、「日本のカーボンクレジット市場の現状とその要因」と「J-クレジットの特徴と日本のカーボンクレジット市場への影響」に分けて解説します。

論点②世界のカーボンクレジット市場が、何故停滞・低迷しているのか?

カーボンクレジット市場の現状と今後の見通し
世界のカーボンクレジット市場がなぜ停滞しているのかについては、その要因は明確です。主に、
・ 海外ボランタリークレジットの多くは森林由来のものであり、植林以外の、森林経営による削減効果に対しては根強い疑問の声がある。
・その多くは、「森林経営による削減効果の算定式の科学的根拠に乏しい」「森林経営による削減効果が計画通りに出せているか、モニタリングを精緻に行うことが困難」というもの。
・更に、近年は「計画書にある森林が、そもそも存在しないことが後の調査で判明した」などのスキャンダルがあった。
などで、削減目標達成のために多くのオフセットを必要とする世界的大企業が、そもそも削減効果に疑念のあるボランタリークレジットを購入することに対して慎重になったことで需要が低下し、その影響で価格も下落しているのが現状です。

ただし、これらの情報は、あくまで「海外の」「森林を中心としたボランタリークレジット」に関するものであり、「日本の」クレジットや、「ボランタリークレジット以外の(国が認証する)カーボンクレジット」にそのまま当てはまるものではありません。
現に、脱炭素の先陣を走るEUのETS(規制対応のための排出量取引)オークションの取引価格は、依然として上昇傾向を維持しています(取得可能な2023年4月までのデータ)。

つまり、昨今メディアで語られる世界のカーボンクレジット市場動向は、「主にボランタリークレジット」の話であり、その「削減効果に対する疑念が根強い」ことによって、レピュテーションリスクを回避するなどの理由で「需要家が購入を控える発表をし、実際に購入を避けている」影響で、取引量・取引価格ともに停滞・低迷している、と言えます。

論点③日本のカーボンクレジット取引は、何故活性化しないのか?

日本市場の現状とその要因

上記の論点②を踏まえ、ボランタリークレジットがまだほとんど流通していない日本国内のカーボンクレジット取引が活性化していない理由についても考察します。

現在、2023年に開設された東京証券取引所によるカーボンクレジット市場の取引量でも顕著に表れているとおり、国内のカーボンクレジットの取引は非常に限定的です。しかし、論点②で述べた、海外のカーボンクレジット市場の停滞・低迷と全く同じ理由かと言われると、そうとも断言できません。

各種データの分析や、関連省庁・東京証券取引所・多くの需要家の皆様とのセッションを通じて我々が把握している日本のカーボンクレジット取引の実態は、下記のとおりです。
1)多くのプライム上場企業(≒大手需要家)は、2050年カーボンニュートラル実現のための目標設定と具体的なアクションプランを策定途中の段階である。
2)上記1 の影響もあり、多くの上場企業は、自社としての脱炭素方針・戦略が明確に定まっていない中、SBTやCDPに代表される国際イニシアチブの考え方をそのまま自社に当てはめるに留まっている。
3)そのため、設備投資や再エネ化を優先する傾向が海外よりも強く、オフセットについては総じて慎重な企業が多い。

これらに加えて、東京証券取引所のカーボンクレジット市場に限って言えば、現在、市場に出る商品が「カテゴリ」と「量」と「単価」くらいしか表示されておらず、「方法論」「ヴィンテージ(何年に作られたクレジットか)」「排出係数」「創出元(プロジェクト実施者)」などの多くの企業が購入判断をするために必要としている情報がマスキングされていることも、公開市場が開設されてもカーボンクレジット取引が活性化しない要因となっています。つまり、需要家にとっては「買いにくい」市場になってしまっている、ということになります。


J-クレジットについて

一方で、日本を代表するカーボンクレジットである「J-クレジット」は、国が認証するカーボンクレジット(=ボランタリークレジットではない)であるため、非常に厳正な審査が行われ、その削減効果の確実性を重視しています。
このため、創出プロセスに大きなリソースを要し、創出量自体にキャップがされている状態であることも、取引が活性化しにくい要因のひとつでしょう。
実際に、再生可能エネルギー・省エネルギーにカテゴライズされる J-クレジット で、ヴィンテージの新しいものは、既に需要過多が顕在化しており、需要家の皆さんは調達に非常に困っているようです。

まとめると、日本のカーボンクレジット取引は、その前提となる日本の大手需要家のオフセット方針・戦略が不明確であり、カーボンクレジットニーズの多くが潜在化していることに加え、創出量も取引手段も限られている、という日本固有の事情が、前述の海外事情と相俟って、謂わば「様子見」の状態であると考えることができます。

画像提供:㈱バイウィル

最後に

これまでに述べてきた通り、国内・海外のカーボンクレジット市場の動向については、フェーズ(成熟度)もクレジットの構成も違うため、海外の動向を捉えてそのまま今後の国内市場動向を推察することは難しいと考えられます。

もちろん、先行事例として海外動向を常に観察し、活かしていくことは重要ですが、より重要なのは、日本や各地域の特性、特に、
☑ 脱炭素の原資となる環境資源の特性
☑ 産業構造や規模の構成
☑ カーボンクレジットを取り巻く各種規制や制度、ガイドラインの更新
などを踏まえて、もっとも本質的に脱炭素が推進される取り組みを、着実に積み重ね続けることです。

これまでの論点①~③を踏まえ、私たちと、皆さまが取り組むべきことは、
1.脱炭素に関するリテラシーを高め続けること
2.上記のような各地域の特性に最適な脱炭素戦略を明確に描くこと
3.中堅・中小企業はもちろん、個人も含めて、上場企業のバリューチェーン外まで広く巻き込んで脱炭素に取り組める仕組みを構築すること
4.その軸となるカーボンクレジットは、「確実な効果」と「信頼性」を担保すること
であると考えています。

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伊佐 陽介(いさ ようすけ)

<所属>株式会社バイウィル 代表取締役 COO

<紹介文>総合不動産デベロッパーで住宅事業や商業施設開発に従事。その後株式会社リンクアンドモチベーションでブランドコンサルティング責任者を経て、株式会社フォワードを設立。企業のブランド戦略や、脱炭素経営に関するコンサルティングを得意とする。2023年に株式会社バイウィル代表取締役COOに就任。著書に「サステナビリティ・ブランディング」(ダイヤモンド社)。

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