見出した道を拓く

― 今回登場いただく達人は、2024年3月末に45年間の「樹脂商社マン」人生を卒業された、長浦晃範さんです。
 先ずは長浦さんの略歴を紹介します。


1979年 蝶理㈱ 東京支店 入社 (非繊維営業総務部に配属)
1983年 同 合成樹脂第一部 第二課 で樹脂営業を開始
2001年 同 電子精密部品ビジネスユニット部長、兼合弁製造会社「蝶理モキャム」常務取締役 就任
2003年 同 事業で管掌していたHDD部品事業を売却
2004年 ㈱豊永電機研究所 へ転職
2005年 ナガセプラスチックス㈱ 入社
2010年 同 製品推進部門 を立ち上げ
2017年 同 取締役 就任 合成樹脂販売部門と製品推進部門を管掌
2020年 同 取締役を退任し、顧問・相談役 として同社の事業を支援
2024年3月末 引退

― 学卒から商社マンキャリアをスタートされた1979年あたりは、経済成長真っ只中だったと思いますが、入社当初はどんな仕事をされていましたか?

長浦さん(以下、長浦) 最初に配属された営業総務部での仕事は「受発注」で、当時はパソコンなんてなく伝票は手書き、FAXの普及も未だという時代で、電話で注文を受けることも。まあ手段はともかくとして、受発注業務を通じて、モノの流れや、売掛と買掛、決済といったカネの流れ、商品知識が叩きこまれました。

 4年間の受発注業務の後に営業に異動しましたが、当時は合成樹脂ビジネスの売上も利益も急成長していたので、先輩・上司は自身の「商売」を確立しており、その手伝いが5年強。先輩・上司の領域外で目立たなければ上には行けないと理解し、当時はまだ小さい領域だったけどエンプラに特化して営業スタイルを磨いていきました。

― 周りとは違うことで身を成し、向上していかれたのですね。

長浦 産業機器も民生も高度化の時代だったので、エンプラ・スーパーエンプラがモノづくりと合成樹脂の可能性を拡げると確信していました。特に電子機器の品質と性能に直結するコネクタやモーターなどの精密部品に注力して開発営業に邁進し、徐々に合成樹脂業界で頭角を現していったと記憶しています。
その後40代に入り、合弁の電子部品販社で営業取締役をしたり、海外製造工場を立ち上げ、最終的に当時の会社の方針と合わず事業売却しましたが、まあ派手にやりました笑。

商社の醍醐味

― 様々な経験の中で思う、仕事の本質とは何ですか?

長浦 私の若い頃や現役バリバリの時代とは、外部環境も働き方も随分違うけど、今も昔も変わらないのは、仕事をする上で最も重要なのは「人の輪」を拡げること。私自身、人間関係の構築は本来得意とするところですが、新規口座開設でも引継ぎ顧客の拡大でも、実績と経験を重ね「合成樹脂営業のプロ」として成長できたのは、仕入先・顧客・同僚との人間関係のおかげです。

 特に30~40代での人脈構築は重要。『こいつは良い』と思った相手とは仕事も遊びもトコトン付き合うこと。優秀なやつは仕事が「深い」。そういうやつと仕事をすることで、自分もどんどん深みにハマっていける。
商社の最大の強みは『何でも仕入れられて、何でも売れる』こと。つまり自分次第で武器をいくらでも揃えることができ、その過程で蓄えた情報を糧に、深みの中で自由度を持って仕事をすることができる。これは仕入先・顧客からすると滅茶苦茶すごいこと。頼られて、応えて、そうして関係が深まり、人脈が拡がっていく。これはパソコンではできない「仕事」です。

 ナガセプラスチックス㈱で立ち上げた「製品推進部門」では、電子部品業界以外にも積極的に製品受注ビジネスを展開しました。初となる自動車の重要保安部品の案件は、人の輪をしっかりと作った部下が仕事を仕上げ、今でも代表的な製品ビジネスとして継続しています。樹脂商社を生業とする同社では、金型もプレス部品も成形品も、何も作ることはできないけど、人の輪の要となって皆が喜ぶ仕事をつくることができる。これが商社の醍醐味なのです。

サステナビリティについて

― 2010年役員就任時の資料の中で、「日本に残る、日本で成長する、日本が世界をリードする」事業として、以下の6つを挙げられています。

①日本先端技術分野
②医療関連事業
③自動車・鉄道部品事業
④環境配慮型事業
⑤農業革新技術事業
⑥食品加工・食品工場事業

 この時から注力する事業として「環境配慮型事業」を掲げられていますね?

長浦 当時描いた「環境配慮型事業」とは、スーパーエンプラ部品による「太陽光・風力発電・蓄電池などの製品寿命・性能向上」「機器の省エネ化」「部品の軽量化」への貢献を指しています。社会的要求の高まりから需要は拡大しており、ナガセプラスチックスとしてもこの分野での材料販売は増えていっています。

― リサイクル・バイオマス・低CFPといったサステナビリティについてはどう考えますか?

長浦 合成樹脂ビジネスには昔からリサイクルやバイオが必然として有る。CFPは割と最近の話しだが、要は省エネと捉えており、部品加工においての省エネも昔からやっていること。何れにしても「製品をつくるためのサステナビリティ」であり、そのために加工メーカーが乾いた雑巾を更に絞るモチベーションも、ブランドオーナーがそれを付加価値と認める意識も、まだ育っていないと感じる。

 一方、スーパーエンプラがサステナビリティに貢献できる余地はまだまだある。金属部品の樹脂化による軽量化、金属インサート成形による部品点数、組立工数の削減など。単純に金属から樹脂に置き換えを進めるということではなく、素材として樹脂が金属を追い上げる、金属のレベルが更に上がる。そうして産業全体が底上げされることは、サステナビリティにもつながると思います。

プラスチックとは、仕事とは

― 長浦さんにとってプラスチックとは何ですか?

長浦 共に人生を歩んできた人脈との間に流れる「血液」みたいなもの

― あと5年、樹脂商社マンを続けるとしたら、何をしたいですか?

長浦 最後まで成形機の横にいたい

― 最後に一言お願いします。

長浦 『夢無き者に理想なし、理想無き者に計画なし、計画無き者に実行なし、実行無き者に成功なし。故に、夢無き者に成功なし。』
29歳で没した明治維新の精神的指導者である、吉田松陰の言葉です。
物事を成し遂げるためのPDCAサイクルは幕末にも存在していました。現在を生きる、あなたの「夢」は何ですか?


(聞き手:plaplat編集部 北澤)